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マレーシアにたどり着くまでの軌跡





 会社を辞めて有り余るほどの自由な時間を手に入れた私がとった行動は…

バックパッカーとして東南アジア各国を放浪し始めました。

なんで東南アジアかといいますと、ヨーロッパやアメリカは学生時代に放浪した経験があったので、まだ行ったことのない国々を訪れてみたい、という欲求があったことがひとつ。そして、今ヨーロッパ諸国やアメリカは経済的、政治的に大変なことになっていますが、当時からその兆しを私は感じていました。

元気がない先進諸国よりも、活気のある新興国、特にアジア諸国に本能的に魅力を感じていたのだと思います。

約3年かけてひととおりアジア諸国を巡ってみて、移住先、投資先として魅力を感じたのはマレーシアとフィリピンでした。

当時の私からすれば、どちらも魅力的で甲乙つけがたかったんですが、偶発的にマレーシア人の妻をもらうことになり、マレーシアに落ち着いたという次第です^^

今思えばこのマレーシアという選択はベストだったといえます。

まずフィリピンでは、私の好きな戸建て投資はいろいろ制約があって難しいですし、なによりも生活していく上でのインフラは圧倒的にマレーシアの方が整っています。

しかも平米単価でみると、不動産価格はマレーシアの方が安い!

もちろんフィリピンにも独自の魅力がありますので将来的には、私も投資するかもしれません。しかし、現状ではまだまだマレーシアの方が優位性を感じています。

マレーシア移住を決意した理由

前回は私がどうして日本でのサラリーマン生活に見切りをつけて会社を辞めるにいたったのかをお話ししました。


さて会社を辞めて自由の身にはなれたものの、まだ漠然とした不安は消えません。


どんな不安かというと…


会社に頼らずに自立して生きていけたとしても、この今住んでいる日本自体は大丈夫なのだろうか??


ということです。


当時から年金の未納問題が問題になっていましたし、年金制度が崩壊するとか、日本の財政が破綻するとかしないとか…


少子高齢化はますます進み、大企業のみならず中小・零細企業でさえも人件費や税金の高さに嫌気がさしてどんどん海外に出ていく…


そして特に優秀な人材の海外流出はますます加速しています。


日本人でノーベル賞をもらった人はほとんど海外滞在者か、受賞後に海外に移り住んでいますよね。


それだけ個人にとっても日本という国は魅力がないというか、仕事や研究がしにくい国なんですね。


いつしか私も日本にいること自体にリスクを感じるようになっていました。


会社を辞めて自立し、自由な時間を手に入れた私の次なる目標は”日本脱出して海外に移住する”ということに定めたのです。

マレーシア移住を決意した理由

私がマレーシアに移住したのは2005年のことですが、日本在住の頃は普通のサラリーマンでした。


バブル真っ盛りの1989年に大学を卒業して、当時は大学生の就職先人気ランキングで上位にいた証券会社に入社しました。


この頃のことはあまり思い出したくありませんが、早朝から深夜まで滅私奉公で馬車馬のごとく働いていたことしか印象には残っていません。当時どんなドラマが流行っていたとか、どんな芸能人が人気があったとか、そんなことはほとんど覚えていません。


というのも、あまりにも仕事がハードで長時間労働だったため、テレビなんか見ている余裕はなかったんだと思います。


それでも入社当初はがんばれば給料も上がるし、出世もできるだろうと結構楽観的に見ていました。


しかし、今から思うとそれは見通しが甘すぎたと言わざるをえませんね^^;


私のサラリーマン時代はちょうど日本の“失われた20年”と合致します。多分将来は“失われた30年”、“失われた40年”と言われることでしょうが…


ですので、いくらがんばっても給料は上がらないし、ボーナスは下がる一方という状態がずいぶん長く続いたように記憶しています。


会社の経営危機説なんかもまことしやかに囁かれ、私は会社に依存して生きていくことに不安を覚えるようになりました。


会社が倒産しても、もしくはリストラされても自分の力で稼いで食べていけるようにしなければ…


そういった危機感をもつようになったのです。


そして、会社に所属しながらも、様々な投資を実践し始めました。怪しげなものまで含めて色々なものに投資しましたが、主なものはヘッジファンドや不動産といったところです。


証券会社で色々な投資家を見てきたので、負ける投資家の“負けパターン“というものは理解していましたので、ある程度の収益は確保できるようになりました。もちろん大損したこともありますが…


そして、月々の投資収益が100万円に迫る頃だったでしょうか… 2003年に勤めていた会社が出口の見えない不況の中、万策尽きて希望退職を募ったのです。


「今辞めれば1000万円以上の割増退職金がもらえる!」


当時まだ30代後半だった私は、会社を辞めてもせいぜい200万円〜300万円程度の退職金しかもらえません。


しかし、今回の希望退職に応募すればプラス1000万円以上の割増退職金が貰えるのです。


私は迷わず応募して14年間勤めた会社を後にしたのです。


今から考えても絶妙なタイミングだったと思いますし、もし今でも会社に残っていたらと想像するとゾッとしますね^^;

日本脱出してマレーシアへ

今日は私が投資用に購入したコンドミニアムに日本人の入居希望者のご家族をご案内してきました。


MM2Hを取得されてマレーシアに一家で移り住むということで物件を探されているということですが、ご夫婦ともにまだお若い… 一見したところ30代か40歳前後といったところ。


2人のお子様もまだ小さいし…


お話しを伺うとリタイアというわけではなく2人ともフリーランサーということです。あまり本人に根掘り葉掘り聞くわけにもいかないので、後でエージェントに聞いてみたところ、奥様は雑誌か何かの編集者、で旦那さんはウェブデザイナーだそうです。


私自身もそうですが、今はパソコン1台あればどこででも仕事ができるので、これからはこういったライフスタイルの移住希望者がますます増えてくるでしょうね。


というか、リタイアしたシニアの方ばかりではなくて、これからどんどん若い日本人がマレーシアに移住して一緒に和僑として活躍できればいいな、と勝手に思っております。


実際日本を離れて実感しているのですが、日本でのきめ細かなサービスや接客は間違いなく世界一のクオリティーです。


その世界一のサービスをここマレーシアに持ってくれば、ただでさえ住み心地のいいマレーシアがますます住みやすくなるのは間違いないと思います。


出口の見えない不況にハマってしまった日本。


私もその失われた20年を日本で過ごしましたが、いくらがんばっても会社の業績はよくならないし、給料もボーナスも上がらない… いやむしろ下がる一方…


そして、その閉塞感でいっぱいの日本にいたたまれずに、日本脱出を果たしたのが8年前です。


現在日本に戻る気はまったくありません。


デフレスパイラル、財政破綻、年金崩壊、増税、少子高齢化、政治腐敗、官僚腐敗…


本日お会いしたご夫婦もおっしゃっていましたが、日本にいてもいいことはなにもなさそうですよね。


起業するにしても就職するにしても、なにも難しい日本でするよりも、高度経済成長真っただ中のマレーシアでやった方がずっと簡単だと思います。


マレーシアで起業や就職を考えているけどイマイチ踏ん切りがつかないという人がいましたらお気軽にご相談くださいね^^

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